砂糖の粒を半分に分割し、さらに半分に、…と繰り返していくと、どこまで小さくできるだろう? 無限の手順を踏んで、永遠に小さくなり続けるのだろうか。 それとも、どこかに限界があって、それ以上分割できない最小の単位にまでたどり着くのだろうか。
現代の物理学では、物質の究極の構成要素に「素粒子」という名前を付け、素粒子の結合と分離によって自然現象を理解することに成功している。 このような概念自体は、決して最近のものというわけではなく、古くはギリシャ時代のデモクリトスにまでさかのぼる。
基礎となるべき単純な性質をもつ(しかも、なるべく少ない種類の)素粒子の振る舞いが複雑な自然現象を決定しているという自然観は、人間にとってきわめて分かりやすく、そして受け入れやすいものだったからであろう。 18世紀以降になると、実験的な裏付けも得られ、物質の構造についてより深い階層に立ち入ることが可能となった。
さて、話を原子から始めることにすると、原子が化学的に結合して分子になり、分子が多数集まって物質を作っていることはよく知られている。 では、元素記号表で一覧になっていることでもお馴染みの原子は、それ自体が究極の構成要素、すなわち「素粒子」なのだろうか?
実は、原子には下部構造があって、より基本的な単位に分解できることが分かっている。 原子の中心にある「原子核」は、正の電荷を帯びていて、原子の質量の大部分を占めている。 原子核のまわりには負の電荷を帯びた(いくつかの)電子が存在して、原子核と電子は電気的に引き合っている。 原子核の電荷の大きさが原子の種類を決定し、さまざまな物質の性質となって現れているわけである。
原子の構造は、20世紀の物理学で次々と明らかにされていく。 それまで分割できないと考えられていた原子核でさえ、「陽子」と「中性子」の集合体であることが分かった。 陽子は正の電荷を帯びた粒子である一方、中性子に電荷はない。 つまり、陽子と中性子が結合して原子核というひとつのかたまりを作っていたわけである。
ここまで話を進めると、次のような疑問がわく:
中性子はいいとしても、正電荷の陽子が集まると電気的な反発があるのではないか。
それなのに原子核の中におとなしく収まっているという話は、少し変ではないか。
この宿題を残して、話の続きは次にまわすことにしよう。
